「メフェナーボウンのつどう道」

心の色は赤十字

メフェナーボウンのつどう道

メフェナーボウンのつどう道

正直、何を書いたらいいのかわかりません。

読み終えた後の、この今の感覚は何なんだろう。毎回古処作品を読んだ後は、こうだ。本を閉じた後、自分の目も閉じて、そして深く息を吐く。何とも表現しようのない思いが渦巻く。すぐには言葉にできない。

今回も描かれているのは、終戦間際の太平洋戦争下の物語です。私自身はもちろん、さらには両親が生まれるより「少し」前、わずかに60余年前に、間違いなく存在していた世界の話。

先日、30代前半のとある作家さんの講演を聞く機会がありました。古処氏より少し若く私より少し年長のその方の話の中で印象的だったのが、「○○世代」という名前を付けて括ることのできる世代というのは本当は「戦争世代」しかない、というもの。曰く、例えば「BEATLES世代」や「ゲーム世代」などといっても、それに触れている人と触れていない人とがいる中で、本当にひとくくりにはできない。しかし「戦争世代」というのは、個人の意志や感情などを一切無視し、「国」が強制的に巻き込んだ「戦争」というイベントに、強制的に誰もが参加させられ、体験を共有している―。
間違いなく、「戦争世代」というのは確かにあるのでしょう。そこには、現代に生きる私たちとは絶対的に異なる価値観が存在していて、だけれども現代に生きる私たちと共通の人間としての生があり、思いがある。あくまで勝手な想像ですが、古処誠二が描きたいと思っているのは、そうした中にある「戦争世代」とひとくくりにされた中にある「1人1人の人間」なのでしょう。

例によって「起」の部分こそ多少入りにくいものの(というか、今回は非常にこの「起」の部分が入り込みにくかったです…)それ以降の展開には、またしても読む者を惹きつけてやまない求心力がありました。
よく考えたら、初期は本当に男臭い物語ばかり描いていた古処氏ですが、今回は初の女性が中心視点での物語。最初に意外性を感じたのはそこでした。ただ多少入りにくいと感じたのはもちろん視点の問題ではなく、病院が舞台ということで、いつにも増して目を背けたくなるような状況がそこにあったからなのかもしれません。あるいは単純に、基本的に年1回しか出ない古処氏の新作だから、必要以上に私自身が気構えて丁寧に読んでいたからなのかも、ですが。相変わらず無駄のない文章ゆえに、一瞬たりとも、一行たりとも、気を抜いて読むことができない。なので今回も読了までに少し時間を要しました。

終盤あれだけ惹きつけておきながら、スッと引くように、突き放すように終わる。そこに押し付けがましさは一切ないのに、読み終えたときにずしりと胸にのしかかる、このタイトルの持つ意味。「日本」という国について、「日本人」について、そして自分自身について、深く考えさせられる作品です。
やはり、この人の作品は、私はもっと多くの人に読んでもらいたい。とりあえず、これが直木賞候補に挙がらなかったら、絶対に嘘です。私は「敵影」よりこちらだと思います。「ゴールデンスランバー」と並べると、傾向的に何ともいえないのですが、いいじゃん2作同時受賞で。こういう作品にこそ授賞して、地名度上げてもらって、これだけの素晴らしい作品をもっと読んでもらえるようになってこそ、直木賞の存在価値があるというものでしょう。

この作品を読んでいるときに、古処作品を読んで感じるところにふと気付いたりもしたので、それもそのうち近々書く予定です。や、駄文ですけどね。。。